自灯明 法灯明

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先日の河北新報に作家で福聚寺ご住職である玄侑宗久さんがこのたびの震災について寄せていた文を読み、書きたくて写経のように何枚も何枚も書きました。

以下記事の抜粋です。

作家・福聚寺住職 玄侑宗久さん・・・ご自身も福島三春町在住、原発から45キロしかはなれていない被災者です。

タイトル 「何も言えない、でもここが道の原点」
(冒頭略)
あくまでも、地震や津波には何の悪意もない。日本人はこれまで天災を従容として受け止めてきました。最終的にはそう思うしかないのだけれども、しかし、それは時が経ってようやくできること。今それをいってもしょうがないと思います。

(中略)
津波で暴れ出した原発は今も制御できず、大勢の避難者を生み出しています。
今後大量に出る核廃棄物にしても、ガラスで固化して30~50年保管してそれから300メートルより深く地中に埋めなければならない。まさに「龍」です。

(中略)
「日本社会の転換期」
地震の大揺れが来た瞬間、わたしの体を「今までのままではいけない」という感じが通り過ぎました。地震や津波という自然は一瞬にして全てを変えてしまう。結局、われわれは全てに「仮住まい」している。そういう本来的な状態を、はっきり感じた人は多かったと思います。技術を含め、あらゆるものが欲望化している日本の社会が今大きく変化する時なのではないかと考えます。

もし、御釈迦様がいたら、何と言うでしょうか。
やはり、亡くなる前に語られた「自灯明、法灯明」だと思います。
「自らをよりどころにせよ。そして、その自らが観た世界の法則をよりどころにせよ」と。
どんな偉い人が言ったことでもなく、自分が見聞きし体験した、そこからしか道は始まらない。そういう意味では、ものすごくしっかりした道の原点を私たちは得たと思います。

                              以 上

しかし、惨状の地域では治安も悪くなり、避難生活をしている方々、大切な人を亡くした方々がこのように思うのはもう少し先かもしれません。

塩釜にある津波で工場がめちゃくちゃになった蒲鉾屋さんの社長さんがTVでこんなことを言っていました。
「再建には本当に長い時間を要するけど、遠い光を見つめて頑張っていくしかないです」と・・・
伝教大師最澄の御歌も思い出しました。今この御歌の意味が心に落ちます。
「明らけく 後の佛の御世までも 光伝えよ 法の灯」
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生命が誕生した時から生物は皆、先に見える光をよりどころに進んできたのでしょう。
だから、どんなときにも「光」はあったしこれからもあるのです。

植物も光の方に向かうのです。人間だって産まれる時から光を目指すのです。

子どもが小さい時は、前世やおなかの中のことを覚えていると聞いたことがあったので、息子が小さい時に聞いてみました。「おなかにいた時のこと覚えてる?」って・・・
そしたら「真っ暗だったんだけど、光がみえて光の方に出てきた」と言いました。出産のときのことかもしれないとその時思いました。
3歳ぐらいかな~~もう少し小さかったかな???

話はそれましたが、自分で見たこと、自分が耳にしたこと、体験したこと、それを信じること!
本当に原点を学ぶ、いえ原点から学ぶ・・・日本人が日本人として強くなっていかなくちゃ・・・何万人という莫大な命に代えたのだから・・・・

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震災の停電の時に灯していたものです。
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by irohanihoheto_ku | 2011-04-06 17:09 | 日常